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Section3 – 黒夜に訪う白昼夢の風定め
場所を移して、デザートフロア。ホールから数えて三階に位置するこの階層は、テナントが比較的多くシャッターを上げていた。もちろん人はいないし、特別目新しいものがあるわけでもないのだが。
ショウケースやシェルフに並べられたさまざまなスイーツを漁っていると、なんだか廃墟に盗みに入った、みみっちい盗賊にでもなった気分がする。
「ところで……」
カルティベイトは赤くて甘苦いジャムの塗られたワッフルを頬張った。
「この『世界』はさぁ、もともとどこかで営業してたわけ?」
「ん、そうだな」
Mはショウケースの変な色をしたケーキから目を離さずに答える。
「そもそも、ここは自然発生的に生まれた世界じゃないんだ。カルティ、いろいろある異世界が最初にどうやってできたのかは知ってるか?」
「えー……。なんかこう、ぽっと?」
「アハハッ、合ってるっちゃ合ってるな。小難しい学問を探求する学者でもなければ、だいたいそんなイメージでいい」
ワッフルはなくなってしまった。食べている途中はジャムの甘みと苦みが丁度良いバランスだったが、後味は苦みが多く、舌がビリビリしてくる気さえする……ここのショッピングモールは、人においしいデザートを売る気があるのだろうか。それとも、時間が経って腐り始めてたのかな?
「大半の世界は、そういうふうに誰の手も介さずに生まれてくる。が、この『ユメモール』はとある人物によって、人為的に作られた世界なんだ。その点で他のとは大きく違う」
「ふーん。で、営業してたの、ってアタイは聞いてるの」
「してないぜ」
「ええ? ……じゃあこんないろいろ、何のために?」
キッチリと計算され尽くして建築された、巨大なモール。ズラリと並べられた、少なくとも見た目だけは美しい料理の数々。
これらは何のために配置されたのだろうか。カルティベイトが少し思案を巡らせたが、あまりいい結論は出てこない。
「まぁシンプルに言うなら、とある人物の夢と空想の産物だな」
「……だからユメモール?」
「ハハッ、それはちょっと違うな」
この空間はかなり寒い。露出の多い服を着ているせいも、当然あるのだろうが……。
「『ユメモール』っていう概念は既にあったんだ。その概念を作った人と、この世界の創造主は別の人物。その既存の概念を下敷きに利用し、とある人物が好きなように思い描き、作って壊して――そうして生まれたのがここ」
「はぁ。なかなか悪趣味な妄想家ね」
何をどう生きてきたら、こんなまずいものができるんだろう……とカルティベイトは甘過ぎるクレープを食べつつ思った。味音痴か、料理下手なのかもしれない。
「ちなみに――」
Mは人指し指を立てた。
「同様にして生まれた『ユメモール』はここ以外にも無数に存在するんだぜ」
「そうなの」
「あんま興味無さそうだな」
なぜかMはいろいろあるデザートに手を付けないようだ。不味いハズレを引くのを恐れてるなんて、あのMではありえないことだけど。
「とある『ユメモール』は、普通の店舗のように大勢の客が絶え間なく訪れる世界だ。そこでは夢のような素晴らしい商品を客同士が戦って奪い合うこともある」
「ここよりもずーっとずっとそっちの方が楽しそうじゃない?」
「結局商品を持って帰る頃には、九割九分が剣やら弓やらでズタズタにされてんだぜ?」
「……」
どっちもどっちだった。
「またある『ユメモール』は眠りについた人々を夢遊病のように招き入れる異空間でもある。夢でしかできないことを、夢の中でやろうってな」
「……そっちは普通に楽しそうだけど?」
「他人の夢に巻き込まれて斬り殺されたいんなら、あそこも十分楽しい」
「……」
ロクなものがない、と肩を落とすカルティベイト。それらを聞く限り、この無人の店舗が一番マシにすら思えてくる。
「はあ。じゃあアンタはせめてもの情けでここを選んでくれたわけ?」
「ん? 別にそういう訳じゃないけど」
……どこからともなく、重い金属板がひしゃげる音がした。
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