【連作短編】忘却の彼方に花色の風を Section4 – The Revival

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【連作短編】忘却の彼方に花色の風を Section3 - Innocence Age
◆前回はこちらSection 3 - 子供時代イノセンス・エイジ『ひとつだけ、僕から注意しておきますよ。ふふっ』「……」 ふと、道の先から聞こえてきた声に、散理は足を止めた。 視線を上げるとそこにいたのは、サイズの合わないワイシャツを着た少...

Section 4 – 情熱と希望に満ちた青写真ザ・リバイバル

 ゆっくり上っていくエレベーターの中で、エレベーターボーイを務める少年はどこか名残惜しそうに、窓の外を眺めていた。

『気持ちの整理は十分つけていたはずなんですけど。……でも、少しだけ、寂しいですね』

「……僕がこの先に着いたら、やはり、あなたは消えてしまう」

『はい。僕はここで、たくさんの友達もできましたから……だからやっぱり、寂しいが勝っちゃいます。でも……誰にも憶えられないでいるより、憶えられたまま消えるほうが、とても幸せだと思いませんか?』

「難しい問いですね」

 先ほどまで鮮明だった少年の輪郭は、はやくもぼやけ始めていた。

 彼を忘れていた人物が、彼のことを思い出しているからだ。

 主に忘れ去られた記憶がこの『思い出されることを待つ道ウェイティング・ロード』へ集い、再びいつか思い出されれば、『思い出されることを待つ道ウェイティング・ロード』からはいなくなる。

 それが幸せなことなのか……それとも、辛い新たな悲しさを残していくのかは、本人ですらよく分からない。

『もうそろそろ、着きますよ』

 窓から散理へと振り向いた少年は、少しだけ涙を零していた。指で涙を拭い、そんな姿をごまかすように明るい笑顔を浮かべる。

 ガタン……と軽い振動が伝わり、足場の上昇が止まった。ドアがゆっくりと開き、最後のわずかな道が姿を見せる。

「……」

 先ほどまでと変わらない、単調なアスファルトの道が少しだけ伸びて、そして途切れていた。その短い道の最後に、一冊のノートブックが少し寂し気に落ちている。

 ただの落書き帳だ。いくつも濡れたり、折れたりした痕が残っていて、この持ち主の小さな冒険を想起させてくれた。

 手に取って中をめくってみると、そこにはたくさんの思い出が籠っていた――小さな花のスケッチ、雲の観察、化学のメモ。少し幼さも見て取れる、可愛らしい鉛筆の筆遣いだ。

『ふふ……』

 少年は散理の邪魔をしないよう、後ろで静かに目を拭っていた。

「子供の頃の思い出なんて、とうにすべて忘れていましたよ」

『はい。でも……今、こうしてあなたは思い出してくれた』

「奇遇なものですね……」

 しっかりと、時間を掛けて散理はその落書き帳を読む。ページをめくるたびに、なぜかこれを描いた情景が鮮明に思い起こされた。内容なんて、もうまったく覚えていないはずなのに。

「すべて、読ませてもらいました」

『はは……はい。すごく嬉しいです』

 最後のページまで読み終え、散理は落書き帳を閉じる。裏表紙の名前欄には、マーカーペンで拙く名前が書かれていた。

 ……『凬巻散理』。

『ありがとうございます。……もう、引き留めることはしませんよ』

 静かに散理は頷き、ゆっくりと手を振って――『思い出されることを待つ道ウェイティング・ロード』から姿を消した。


『……僕ももう、さよならですね』

 幼い凬巻散理は、去ってしまった彼の後ろ姿から視線をずらし、感慨深げにこの『思い出されることを待つ道ウェイティング・ロード』のネオン街を見下ろす。

『いるなら出てきたらどうです? 最後の挨拶もしてくれないんですか、「サミュライ」、マルタ』

『う……見つかっちゃった』

 エレベーターの裏から、先ほどの『サムライ』、それから金髪の少女が姿を見せた。散理に対しては終始敵対的だった『サムライ』だが、こちらの散理やマルタの前では大人しい。

『あんな……ムードになってたらさあ、なんかマルタが邪魔しちゃうの、気が引けるじゃん』

『ははっ、さよならくらい言ってくれてもいいんですよ』

『むぅ』

『……』

 ぽんぽん、と順にマルタ、『サムライ』の頭を軽く撫でる散理。それにマルタは急に涙が溢れてくる――。

『……うぅっ……!』

 ぎゅうっ――と、マルタが散理に強く抱き着いた。

『チリお兄ちゃんがいなくなったら……マルタどうすればいいの……。寂しいよ……これからずっと』

『「サミュライ」がいるでしょう。それに、他の友達もたくさん、ここで出来たじゃないですか』

『でも……!』

 引き留めてやるな、とばかりに『サムライ』がマルタの肩を叩く。どことなく、リーダー的というか、年長者じみた雰囲気があった。

『……じゃあ、じゃあ、マルタ、チリお兄ちゃんのこと憶えてるから。きちんと』

『ふふふっ……。ありがとうございます』

『チリお兄ちゃんも、マルタのこと忘れないでね……。次、いつか会ったらさ、ちゃんとマルタのこと憶えてるか聞くから』

 困った子だな、と散理は笑う。

『もちろんですよ。マルタも、「サミュライ」も、それ以外のみんなも。僕にとってかけがえのない友達ですから……きちんと、憶えています』

『……うぅ……』

 マルタも必死に涙をこらえようとしているのだろう。彼女なりに、散理に心配をかけさせまいと頑張っているのが分かった。

 ――ぱさっ。

『!』

 マルタの肩に、軽く一枚のジャケットが掛けられた。散理が自分の服を掛けたのだ。

『一緒ですよ』

『……!』

 散理に向けて、『サムライ』もひとつ頷く。

『では、また。思い出の先で、会いましょう』

『うん……ぐすっ、また、ね!』

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