思考

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例の空虚で憂鬱な”何か”を写すことをやめた。

幸運にも過酷な環境で淘汰されず、中途半端に光に魅せられた所産を「私」と呼ぶ。
光を前に遅疑逡巡していたところを叩き落された「私」は、如何にして再び光を視るか腐心していた。ここ数年の苦しみには全て一様に意味があると信じていた。
遂にもう一度光を見た、私の理想とする全てがそこにはあった。私はそこには居なかった。
私の求める物達は、おしなべて私を必要としなかったのである。
こうして私は二度目の墜落を経験した。もう戦う気力など残っていなかった。
全てを終わらせるためにタバコを数本口に入れ、飲み込んだ。
これで死ねるらしいと聞いたから。
最期にじっとしているのも勿体ないのでそこらを歩き回ることにした。

最初の墜落が決定的となった場所がある、近所の十字路だ。
その十字路で足は止まった。目線の先には酷く醜い”何か”が写った。
数少ない語彙の中で絞り出した罵詈雑言をその”何か”に浴びせてやった。
私が墜落したのも、その後這い上がろうとしていた所、致命的で酷薄なトドメを刺したのも、
全て”何か”の所為であると本能で理解した。
亡霊のような”何か”はこちらを指差して口を開いた。
…何も聞こえなかった。
突然力が抜けてその場に崩れ落ちた。
どうやらそろそろこの物語も終わりらしい。
カーブミラーに反射した月の光が眩しい。
暗くて良く見えなかったが、どうやら私が亡霊だと思って憎悪を向けていたのはただのカーブミラーであったらしい。
あまりに馬鹿馬鹿しい終幕に乾いた笑いが出る。
その”何か”もこちらを馬鹿にしたように笑っている。
最期に上を見上げた、はるか上を見上げた。
すぐにその瞳は絶望に満たされた。
何度も繰り返されている気がしたから。

何度も見た気がした。

この光景を。
この月を。
この十字路を。
この終わりを。
何の脈絡もない”始まり”は、”終わり”の続きで、その”終わり”はまた”始まり”へと続いている。
その無意味さ故に苦しんだ。
このような形而上学的な思考もまた無限の無意味さの一端を担っている、そう
結局は考えるだけ無駄だったんだ。墜落も光も平等に意味などなく、ただ視ていればよかった。
最期にもう一度上を見上げた、はるか上を見上げた。
そこがこの後向かう先だから。

そう思うと同時にその瞳は、

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