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SectionFin – あの静けさに絶緋の炎を
リブート。
一度『ユメモール』はその中にいたすべてを巻き込んでシャットダウンし、そして世界は再構築された。
どこから来ているのかすら定かではない僅かな明かりを床が反射し、また何もない静けさだけが残る。
……否。
今回は、とある少年がひとつの大きな『介入』を行っていた。
「……へーえ。確かに面白い世界だ、前神に対するトラップとしてはなかなかに上々だったろうね――実際使われることはなかったみたいだけど」
黒い髪、黒い瞳。左眼はやや色を失い、かわりにそこには歪みなく鋭いクロスサインが刻まれていた。その存在を一言で表すなら――『凶兆』。
古来の人々が黒猫を不吉な象徴とみなしたように、その少年もどこか、静かに世の終わりを告げるような狂気を灯していた。
「ふふ……」
少年のローファーが床と擦れ、かすかに音を立てる。彼が少し口角を上げると、鋭利な牙のような歯が覗いた。
どこに何があるのか、すべて把握しているかのように躊躇なく、少年はひとつの段ボール箱を開く。
「ははっ、面白いものばかりだ。これを持って帰れないのが惜しいところかな」
それならここで飲んでしまおう、ということだろうか。少年は手にしたペットボトルのキャップを回し、中の青い液体を口に含んだ。
……苦い……が、氷のような冷たく、爽やかでもある。彼の好みからはやや外れているが、それでも十分。
今の少年にとって最も重要なのは、この世界に花を手向けることだからだ。
「ショッピングモールは品物を買ってもらうのが本望、そうだろう? もっとも、僕はこの値段を知らないけど」
パチン、と音を立て、代金代わりの銀貨を地面に置く。よく磨かれた美しい銀貨もここでは輝くことはない。
「それから……」
このショッピングモールにあるのは、このペットボトルだけではない。
仕事をする前に、彼はいろいろなものを見て回るつもりだ。これらの商品のうち大半は、他の場所ではもう二度と目にかかることができないのだから。
「もしこんなホラーなんかじゃなくて、楽しいショッピングモールやアミューズメントパークを創っていれば……なかなか素晴らしいできだったろうにね」
そうはいっても、特に落胆しているわけでもない。むしろ、彼はこの不思議な世界を楽しんでいるようだ。
だが、どこかその横顔には寂しさのようなものが見えた。
「……」
自動販売機に銀貨を入れ、ボタンを押す。その機械は電気が通っているようにも見えなかったが、静かにカフェオレの小さな缶を吐き出した。パッケージはレトロかつシンプルなデザインで、少年にとってもどこか懐かしさを感じさせてくれる。相変わらず文字は謎の言語だったが。
パチンとフタを開け、中身を飲んでみる。……くどいくらいに甘く、後味はコーヒーというよりはむしろハーブティーに近い。
「まあ……知ってはいたけど。知ってると体験するのはやっぱり大違いだね」
そして他にも様々な品物を試し、よく味わい、その度に一枚ずつの銀貨を添えて回ること数分。
彼のポシェットから銀貨が無くなると同時に――再び、重苦しい気配と共に鈍い金属音がユメモール内にこだました。
「いよいよ来たね」
「……」
恐ろしい寒気だ。いったいどうやったらここまでの恐怖感を植え付けられるのだろうか……と少年は冷静に分析しつつ、影から生まれつつある人型の何かを見つめていた。
『……ご来店ありがとうございました……「ユメモール」は、■■■■年付で閉店しております……』
「やれやれ」
『……この空間は、十秒後にシャットダウン致します……十』
ガガガ……と、奇怪なノイズのようなものが空気に満ちた。どこかの一点から音が鳴っているのではなく、不可思議な原理で悪趣味なノイズが反響を繰り返す。
『九……八……』
「僕は……君たちを、鎖から解くために来たんだ」
混乱するでも、怯えるでもなく、静かに少年が服のポケットから一輪の花を取り出す。
白く、まるで金属のような色合いの、無機質的だが不思議と温かさも併せ持った花だ。彼の髪飾りにも、同じ花があしらわれている。
『七……六……』
「崩れ逝くこの世界に、最大の敬意を持って僕はこの花を手向けるよ。この静けさに、淡い青の風を通して――」
少しだけ、無機質だった放送の声色が変わった。少年は目を閉じる。
『……五……』
「僕は『過去の残響をほどくもの』……でも、僕には僕なりの流儀があってさ」
沈黙するアナウンス。
もちろん、彼女の声はただ、この世界のメカニズムによって生成されただけのものだ。少年の言葉ひとつで揺さぶられる心もない。
だが、事実としてそれは沈黙していた。
……しばらく、穏やかな風の音だけが聞こえ続ける。
あの影ももはや消え去り、僅かに差した光がこの空間を温かく照らした。
「ふふ……お疲れ様」
少年が手を離すと、花は床と触れ――
「ありがとう」
すべてが消え落ちた。
『――ひとつ――忠告しておく。いつか敵対――するだろうけど、それでもみんなに――幸せで――いて欲しい――からね――』
どこから声が届いているのか、ノイズと遅延まみれの少年の声が聞こえた。
『――関係のない――他人を――巻き込むのはもう――やめるんだ――M。いつか――取り返せない――ことが――起こるから――』
のどかな平原の中、Mはヘッドホンを首へと下ろした。その表情には、愉快そうな笑みが浮かんでいる。
「アハハッ――相変わらず面白いヤツだな、秋月」


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