Section1 – いつか思い出す運命
「へぇ……」
凬巻散理は思わず感嘆の言葉を漏らした――その目の前にあるのは、どこまでも広がる終わりなきフリーウェイ。
ネオンで彩られた天空を縦横無尽に交差するように展開されたそのアスファルトの道は、もはや道路というよりもアスレチックの方が適切かもしれない。
前を向けば地平線まで続き、後ろを向いてもただ同じ景色が広がる。
道路の端から下を見下ろして見れば多少なりとは地表の景色が見えるが、どこか霧がかかったかのように掴みどころのない風景だ。かろうじて、煌びやかなネオンライトの瞬く高層ビル群があるようには見える。
覚えのあるものに例えるなら……ドバイか。手のひらの中で小さなスマートフォンをクルクルと回しながら、散理は記憶を呼び起こした。
まあ、ドバイにもこんな安っぽいレースゲームじみた天空道路なんて無かったが。さながら、幼い子供が空想したような姿をしている。
「確かに『思い出されることを待つ道』……なんて言われるだけはありますね」
この不可思議な空間は『思い出されることを待つ道』。地球のどこかの地点に存在する、一種の残留思念とも呼べる代物だ。
オカルトの界隈では少し前から話題に上ることも無くはなかったが、最近はめっきり聞かなくなった。十中八九飽きられたのだろう、次から次へ新しい情報が来るのに、ひとつだけにすがりついてやっていくのは難しい。
「……」
ならばなぜ、散理がここにいるのか。
それは彼が、ふとこの地を『思い出した』からだ。
「まあ、だからと言って特段の関心もなかったわけですが……ふん、よほどこの世界は人が恋しいと見えますね」
散理はオカルト研究家でも何でもない、単なる一人の社会人に過ぎない。ずいぶんと昔に、少し話を聞いた程度である。
確かそう……人々に見向きもされずに消えていった、あるいは捨てられてしまった様々なもの――これは物体的、あるいは情報コンテンツ的かどうか問わない――の悲しみが積もって、時折こうして人間を招き入れるんだそうだ。はっきりと、思い出してもらうために。
ここまで豪華な虚飾も、どうにかして人々の注意を引こうとした微かな努力なのかもしれない。
だが、今となってはこの『思い出されることを待つ道』の存在自体が忘れられつつある。皮肉な話だ、と思った。
今回招かれた散理が、時の彼方に忘れている事といえば……。
「まあ、自分の忘れていることを自分が知っているわけもないですからね」
散理は首を軽く振る。
もしこの場所が彼の聞いた話の通りだとすれば、この道をずっと行った先に、彼が来ることを望んでいる何かが待っているはずだ。
道中に現れる不思議なものを見ながら、進んで行けば出られるだろう。
「……ふむ」
一歩、また一歩と足を進めるごとに、孤独な道の上に数多の残影が現れては消えていく。それぞれ、誰かが忘れ去ってしまったものたちなのだろう。
でもそれらは、散理が思い出すべきものではない――
「なるほど? 『そういうもの』として定義されれば、ここでも十分にその性質を引き継ぐということですか」
散理はふと顔を上げ、道路の先で佇む何かに視線を向けた。
ところで、この世界で『幽霊』だの『怪奇現象』だのといったものが起こるメカニズムは断定されていない。そもそも、はなから『存在しないモノ』として扱われているのもある。
しかし、実際には間違いなく『存在する』。なぜならば……。
「『テセウスの夢』――」
彼自身、非現実とされる『魔法』を誰よりもよく知っているからだ。
◆次回はこちら



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