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Section2 – 星々の帳へいざ行かん
「……とは言っても、やっぱ不気味なままね……」
カルティベイトはホールの中心に立って、吹き抜けの上を眺めてみた。どこに光源があるのか、光は差し込んでいる。が、暗い。それでも暗い――まるでこの空間そのものが光を奪っているみたいだ。
一階に当たるホールには、観葉植物に囲まれた噴水や自動販売機、それから売り物の棚にエスカレーター、相変わらず閉ざしたシャッターと張り紙の多い掲示板、多種多様なものが揃っている。
弱い光のせいか、それらもくすんでモノトーンな見た目をしていた。
Mが笑う。
「ハハッ、あんまり走り回るなよ? 思いっきり転ぶぜ」
「ふん。アタイがそんなヘマす――へぅっ!」
転んだ。何もないところで盛大に転んだ。
顔面から思いっきり冷たい床に飛び込む形になり、カルティベイトは起き上がって額を押さえた……たんこぶにならないといいのだが。
「あ、アンタなんかしたでしょ! こーんなタイミングで転ぶなんてありえないっ」
Mはウィンクした。キランと星型のエフェクトが宙を舞う。
「アハハ、さーてね。でもいい滑りっぷりだったぜ! アハハハッ、今日一日分もう笑い切った気分だ」
「ぬぬぬ……」
怒りで唸るカルティベイトの視線の端に、なにやら奇妙なものが映った。中身が半分ほど入ったペットボトルだ!
Mの方を見る。カルティベイトに背を向けて、商品棚に積まれた派手なグミの袋を眺めている。
カルティベイトはペットボトルのフタを僅かにゆるめ、振りかぶってMの方へとぶん投げた――
「おっと?」
――ドガァンッ……!
ペットボトルはモールの壁に当たるや否や、まるで爆薬でも仕込んであったかのようにコンクリートの壁を粉砕してしまった!
想像していなかった余りの威力に一瞬呆気にとられるカルティベイト。
「……アハハハ! いやー、やっぱここは面白いな! 不思議なことがなーんでも起こる」
コンクリートが砕けて起きた粉塵の中から、無傷のMが姿を見せた。小さな袋からグミをつまんで食べている。
せいぜいあの真っ青な液体を軽く被ってくれれば上々、なんて思っていたのだが……。あの元気そうな様子を見ると、結果としてプラスなのかマイナスなのかは判断が付きかねる。
「っち、訳が分かんない……」
「この空間はそういうもんなんだよ。訳の分からん事がいくらでも起きる、でもそれが面白いんだけどな! アハハ」
今もぐもぐとMが食べているグミは爆発したりはしないようだ。縦に細長いビーンズのようなグミで、上半分が緑、下半分が茶色である。パッケージイラストからして、メロンとコーラだろうか?
「カルティも一個いるか?」
「……ふん」
ひとつ手渡されたグミをさっそく口に入れてみる。かなり酸味が強い……確かにメロンの味はする。けれども、表面の粉があまりにすっぱい。
カルティベイトの顔が引きつっているのを見て、またMは小さく笑った。
「ハハハ。ほら、飲み物もいるだろ」
Mが掲げて見せた一本の缶ジュースに一瞬手が伸びかけるも、カルティベイトはすぐ引っ込める。
「……もう騙されないから!」
「別に俺一回も騙してないぜ? アハハッ、まあこれは不味くないから安心して飲んでいい」
「……ほんとに?」
「ああ!」
「……ほんとのほんと??」
「もちろんだ――俺のシルクハットを賭けてもいいぜ」
「……ふんっ、アタイにちょーだい」
受け取った缶のフタを開くと、プシュッと小気味よい炭酸の音が響き、かすかに甘い香りが広がった。砂糖でも合成甘味料でもない、この甘さは……どこかで一度、味わったことがあるような。
缶をぐるぐる回して見てみたが、黒背景にオレンジと白の読めない文字が並んでいるだけでよく分からない。
ひとまず、Mを信じて飲んでみよう――これで不味かったらもう二度と信じてやらない!
「んー……」
「美味しいだろ」
強すぎない、心地良いくらいの炭酸が口の中で弾ける。
「……不味くはない、ね。許してあげてもいいよ」
ぷい、とカルティベイトは缶を握ったままそっぽを向いた。
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